logo 奥寺康彦

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講師名 奥寺康彦(オクデラヤスヒコ)
肩書き サッカー指導者、元・サッカー選手 横浜FC代表取締役会長兼ゼネラルマネジャー
生 年 昭和27年
出身地 秋田県
講演ジャンル サッカー、人生、夢、挑戦、人材育成、マネジメント、モチベーション、意識改革、地域活性
候補に入れる 講演依頼・ご相談

◎演 題

1)タイトル ①「奥寺式チームマネジメント」 ②「ボトムアップ人材活用術」 ③「プロ意識の育て方」 ④「地域活性化におけるスポーツの重要性」    2)対象者 ●企業     ①②③ ●行政/JC    ④ 「目標が私を逞しく、育ててくれた!! サッカー一筋に賭けた私の勝負人生」

◎経 歴

小学4年の時、家族と秋田県から神奈川県に移る。 横浜市立舞岡中でサッカーを始め、相模工大附高から昭和45年日本リーグの古河電工に入社。 スピードと左足のシュートが鋭く、51年夏マレーシアのムルデカ大会で得点王。 52年旧西独1FCケルンのバイスバイラー監督に招かれてケルン入りし、日本人プロ第1号選手としてデュー。 55年ヘルタ・ベルリン、56年ベルダー・ブレーメンに所属し、バックスとして活躍。 59・60年ブンデスリーガ(西独1部リーグ)連続準優勝。 61年帰国して古河電工に復帰。 63年引退し、オク・インターナショナルを設立。 平成4年東日本JR古河(現・ジェフ市原)ゼネラルマネージャー、のちスーパーバイザーを経て、8年同チームの監督となる。 11年吸収合併で消滅した横浜フリューゲルスのサポーターらが発足させたJFLの横浜FCゼネラルマネジャーに就任。 同年チームはJFL初優勝、12年も優勝し、J2リーグ昇格を果たした。 現在横浜FC代表取締役会長兼ゼネラルマネジャー 【 経歴 】 相模工業大学附属高等学校 ■1970年-1977年  古川電気工業 ■1977年-1980年  FCケルン (ドイツ) ■1980年-1981年  ヘルタ・ベルリン (ドイツ) ■1981年-1986年  ヴェルダー・ブレーメン (ドイツ) ■1986年-1988年  古川電気工業 日本リーグ通算    143試合出場 39得点 ブンデスリーガ通算 234試合出場 26得点 ※ブンデスリーガに9年間在籍し、63試合連続出場記録を樹立した。 【 日本代表歴 】 国際Aマッチ  32試合出場 9得点

◎奥寺康彦の著書

「オーバーラップ―これは運命だったのかもしれない」(宝島社) 「奥寺康彦の楽しいサッカー ジュニア・スポーツ・セレクション(3)」(小峰書店) 「ワールドカップ・スカウティングレポート」(ザマサダ) 「サッカー ワールドカップ大百科」(勁文社)
※その他(A50万円まで、B100万円まで、C101万円以上、Dご相談、交通費滞在費等別)

Special Contents 特集:食べて綺麗に

  • 松本和恵

    健康、ファスティングカウンセラー、食品アドバイザー

    「体の中から若返る」サビない、コゲないために。キレイな腸が美肌を作る。腸活

  • 佐藤達夫

    食生活ジャーナリストの会代表幹事

    「野菜を食べて健康になろう!」

  • 飯野耀子

    美容食スペシャリスト

    【内から8割、外から2割、10割美容のススメ】

  • 王理恵

    野菜ソムリエ/雑穀エキスパート

    「大人の食育講座 ―健康の秘密は野菜と果物―」