logo 桂福團治

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講師名 桂福團治(カツラフクダンジ)
肩書き 落語家、上方落語協会理事、日本手話落語会会長
生 年 昭和15年
出身地 三重県
講演ジャンル 落語、福祉、人権、コミュニケーション
候補に入れる 講演依頼・ご相談

◎演 題

「手話落語と私」 「バリアフリー落語の世界」 ※他にも多くございます。趣旨に合わせてご相談下さい

◎経 歴

1960年 四日市工業高校卒業     3代目桂春團治に入門。 1964年 千日劇場で初高座。 1966年 5代目桂小春と改名。その後、演芸ブームと共に「ペケペン落語」で売り出す。 1973年 4代目福團治を襲名。 1975年 藤本義一氏の直木賞受賞作を映画化した「鬼の詩」主演 1978年 手話落語を考案 1981年 手話落語教室を開校 1983年 第一回手話落語発表会を中ノ島情報センターにて公演 1991年 道頓堀浪花座にて手話落語10周年チャリティー公演 1992年 国立文楽劇場にて「古典落語VS手話落語」を公演 【 受賞 】 昭和43年 「三洋文化新人賞」受賞 昭和56年 「上方お笑い大賞功労賞」受賞 平成11年 「文化庁芸術祭演芸部門」優秀賞 現在、関西演芸協会会長、上方落語協会理事、日本手話落語会会長、NHK文化センター・読売文化センター・ラジオ大阪カルチャーセンター・摂津福祉専門学校講師などを務める。また最近では聴覚障害者、聴覚障害者、健常者の3名で行うバリアフリ-落語という活動も行っている。 【 桂春團治からのメッセージ 】 落語は喋り手の話を聞いて聞き手が頭の中で創造する聴覚芸です。なぜそのような世界にいる私が手話落語の世界に飛び込んだのでしょうか? キッカケは自身が喉の手術をして3ヶ月間声を出せなくなった経験。その際、視覚語である手話に興味を感じて聾学校の先生に頼み込み、3ヶ月で800語を覚えました。  最初は手話落語をする事で「従来の落語の世界観を壊してしまうんではないか」というためらいがありました。思いがけずも、奈良で初めて行なう手話落語の講演がテレビニュースで取り上げらることになった時は、「どうやって師匠に謝ろう」「仲間たちに言い訳しよう」という事ばかり考えてしまいました。 しかし講演が終わった後、楽屋に聴覚障害の7歳ぐらいの男の子とそのお母さんがやってきて、男の子から握手を求められました。その男の子は「面白い」と言えない代わりに隣の母親の着物のすそを引っ張り、引っ張りすぎて糸がほつれてしまったそうです。わが子の喜ぶ姿を見て、たまたま連れてきた母親も「連れて来てよかった」と、私の手を握って涙をこぼしました。 その一言のお陰で、批判されてもひるまず、手話落語に取り組もうと決意を固めました。 手話落語教室に通う中には、手話落語を始める前は人の輪に入れずにいたのが、始めてからは会社で人気者になり、積極的に色々な事に取り組めるようになった方も多くいます。 テレビや新聞でも度々、手話落語が取上げられるようになりましたが、掲載面はいつも「社会面や福祉欄」で、娯楽番組や文化欄ではありません。でもいつか、手話落語が”娯楽“の一つとして認識されて、みんなが分け隔てなく楽しめる時代が来ると信じております。

◎桂福團治の著書

※その他(A50万円まで、B100万円まで、C101万円以上、Dご相談、交通費滞在費等別)

Special Contents 特集:人生の講演

  • KONISHIKI

    元力士、アーティスト

    KONISHIKIがみた日本

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    私が『感謝』を語るなら~出会いの素晴らしさと支え合いについて~

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    がんと向き合う - 自分の身体と時間を大切に

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